裏切られるほど、相手を愛おしく思う

福厳寺の御本尊は、聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)です。

一般的に「観音さま」といわれています。

実は観音さまは、男性でも女性でもありません。「女性であってほしい」と願う人にとっては
女性になり、「男性であってほしい」と願う人には男性になってくださるそうです。

観音さまが大切にされていらっしゃる3つの言葉があります。

それは「知恵」と「慈悲」と「勇気」です。

中でも2つ目の「慈悲」という言葉のお話を福厳寺住職より伺う機会が多くあります。

「慈悲」というと難しく聞こえますが、簡単にいうと「友情」のことです。

自分と近しい特定の友だけでなく人間だけとも限らない、自然のすべて、虫や小鳥たちに
いたるまで、あらゆる命あるものを友として受け入れるということです。

福厳寺住職のお話を伺って、中でもとくに心に残っているお話があります。

それは、慈悲の「悲」という言葉の意味です。

「悲」とは、友の悩みやうめきを自分のものとして受け取る心。人の苦しみを我が身の苦しみ
として受け取る心という意味です。

大自然の喜びや悲しみにいたるまで、すべて自分のこととして受けとること。それは
「愛」に似ています。

しかし裏切られると憎しみに変わるような愛ではなく、「裏切られれば、裏切られるほど相手を
愛おしく思う大きくて深い愛」。

どんなに嫌なことが起こり、さまざまな悩みに押しつぶされそうになっても、「慈悲」の心を忘れず
人間らしい道を生きていきなさい。

心に何度も刻み込みたいお言葉です。

【福厳寺職員の気づきより】