福厳寺が心地よい理由

薪ストーブが福厳寺寺務所に設置されて約1年が経過しました。

薪は福厳寺の山に生えている木を伐採し、乾燥させたものを薪割して使用しています。

自給自足の薪ストーブです。

実際に薪を組み、火をつけてお寺玄関の空気を温かくするためには、いくつもの工夫が
必要です。

設置前は薪ストーブ=温かくて心地よいというイメージがありましたが、毎日お寺の玄関を
一日中温かく保つのは至難の業でした。

少しずつ薪の組み方を変えながら、どのように薪を組んだら空気の流れがきちんとまわって
早く暖かくなるのか、試行錯誤の毎日が続きました。

手慣れた手つきで朝早くから薪を組み、お寺玄関をいつも温めておいて下さる職員もいます。

今朝もお寺に着いたら、お寺玄関と事務所がぽかぽか。この時期になるとお寺の中はだいぶ
冷えてくるので、温かい心遣いに本当に感謝の気持ちが湧いてきます。

さらに先日、住職から大切なお話をいただきました。薪ストーブの炎は、人間の成長に例え
られるというお話です。

薪ストーブに火をつけようとしても、最初はなかなか火がつきません。

着火剤代わりに段ボールや紙を入れたりしますが、小さな火がくすぶっているだけで、すぐに
消えてしまったりすることが多々あります。

けれど一旦薪にきちんと火がついて空気の流れができると、そこから一気に大きな炎をあげて
燃え盛り始めます。

人間も同じで、仕事を始めたばかりのときは、何回やっても失敗したり上手くいかないことばかり。

けれど小さなきっかけを境に、だんだん仕事ができるようになっていくというお話です。

薪ストーブは、ただ単にお寺玄関を温めるだけのものではありませんでした。大切な学びを私たちに
届けてくれるもの、そして些細な心遣いをいただいたり、学ばせていただくものとなっています。

【福厳寺職員の気づきより】