お釈迦様の教え

img07あなたは日ごろ、どれくらい寺に足を運びますか。

「お葬式や法事のときだけ」
「盆踊りの時と、大晦日、初詣のときくらい」
「たまに通りがかりに手を合わせにいくことはあるけれど、10分くらいで外に出てきてしまう」

そうですね。
多くの人にとって、寺とは「近くて遠い存在」です。

しかし、ちょっとおもしろい話をしますと、日本全国にある寺の総数は、約13万。これはコンビニの数(約4万数千)よりも、はるかに多いのです。

驚いたかもしれませんが、現実に寺はそれくらい「身近な」存在なのです。

寺では、亡くなった人をとむらい、供養しています。
そのため、「寺は亡くなった人のためのもの」と思われることも多いですが、実はそうではありません。

寺は「生きている人」にこそ、大切な場所。

生きている人が、お坊さんと一緒にお釈迦様の教えについて話し合い、教えを請うところ、それが本来の寺です。

また仏教と言えば「亡くなった人のための死者供養の宗教」と思っている人も多いようですが、これも違います。

本来の仏教とは、生きている人が、今という時を大切に、幸せに生きていくための知恵を説いた、お釈迦様の教えです。

つまり、寺は「生きている人」にこそ目を向けていただきたい場所であり、仏教は「生きている人」にこそ必要な教えなのです。

お釈迦様の教えは生きているものの心の癒し
命を大切に生きる知恵

img06お釈迦様は、深い瞑想の中から、宇宙を動かしている大きな力があることに気づかれました。

そして、その大きな力こそ「命」であることを悟られたのです。

この地球上に存在するすべての形あるものは、生物も、無生物も、仮の姿であり、それらを現象といいます。

この世の形あるものは、何一つとして常住する(永遠に存在する)ものはありません。

お釈迦様はそれを悟られて、諸行は無情である「この世のあらゆるものは変化・生滅(しょうめつ)してとどまらない」と説かれました。

そして、人間の悩みは、生滅を繰り返す自然の理の中で、「自分だけはいつまでも常住でありたい」とこだわる気持ちから生まれるのだと悟られました。

お釈迦様は、これらのさまざまな悩み(煩悩)が起きてくる原因は、私たち自身のとらわれの心(執着)にあるのだと考えられました。

そして、「命は今しかないのだから、今をいっぱいに生きなさい」と説かれたのです。

このように、仏教は、私たちが悩みから解放され、幸せになれるように教えてくれる、生きているものの「心の癒し」。

言うなれば、私たちが、命を大切に、今を生きるための「知恵の宗教」なのです。

私たち人間は、毎日、本当にさまざまな悩みを抱えています。

その悩みとは、過去の思い出にこだわり、どなるかわからない未来の自分を想像するということです。

そのために、今しかない自分の命を痛めつけているのです。

しかし、本来のお釈迦様の教えである「命を大切にする」ということは、過去の思い出にすがるのではなく、未来の自分を想像するのでもなく、「自分の命は今しかない」とあきらめて、生きている「今」を楽しむことです。

自分にとって、明日の命はないとあきらめたとき、今を生きていることがどんなにすばらしく、ありがたいことかを実感することができます。

行事報告:転読大般若祈祷会(平成27年1月3日)

どこまでも奥深く、興味深い国インド

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