「清く、美しく」の象徴

この間の5月の終わりのことです。

福厳寺の池に、蓮の花を咲かせるプロジェクトが始動しました。

どんぐりのような硬くて丸い蓮の花の種を購入し、まず初めに芽が出るように目の粗い紙やすりで種の片側をこすります。

種をこするなんて傷つけてしまうのではないかと心配でしたが、そのようにすることで芽が出やすくなるのだと担当の職員より教えていただきました。

そして水をはったコップに種を入れ、日の当たるところに置き、芽が出るのを待ちました。

1週間ほど経過すると、小さな芽が種から顔を出したのです。それは、もやしのような細くて小さなかわいい芽。

それから大きな鉢に移し替え、毎日担当の職員がお世話をしていると、だんだんと蓮の丸い葉っぱが芽を出し始めました。

最初は大きな鉢の表面にぽつんぽつんと数枚の小さな葉が開いているだけでしたが、ちょっと見ないうちに鉢の表面全体が、つやつやの丸い蓮の葉で覆われるまでに成長しました。

そしてついに数日前の朝方、鮮やかな蓮の花が一輪、青空に向かって咲いたのです。

種から育てて命が芽生え、淡いピンクの花びらが開いたあの感動は、本当に心奪われる瞬間。

蓮の花といえば、仏教との関係を連想される方が多いかもしれません。

人が亡くなり極楽浄土へ往生した際に生まれる場所が蓮の花とされていることも聞いたことがあると思います。

蓮の花には、「神聖」や「清らかな心」という花言葉があります。

それは、蓮の花は泥の中から咲く花だけれど、泥の中にありながら清く美しく咲くことから、このような花言葉が生まれたそうです。

初めて、種からの成長を一緒に近くで見守ってきた職員の私も、一輪の蓮の花が青空に向かって高く咲いているのを目にすると、命の輝きを感じずにはいられませんでした。

はっきり、くっきり、鮮やかで本当にきれいな蓮の花。

 

水滴が落ちても何事もなかったかのようにきれいに弾きます。

そんな姿を見ていると、「清く、美しく」の象徴である蓮の花から、大切な何かを教えていただいたような感じがしました。

【福厳寺職員の気づきより】